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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6835号 判決

原告

石川桂

被告

沓沢賢治

主文

一  被告は、原告に対し、二二万八三五〇円及びこれに対する平成二年一二月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用はこれを一〇〇分し、その九九を原告の、その一を被告の負担とする。

三  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、三〇四七万三六九六円及びこれに対する平成二年一二月二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、足踏み式自転車と四輪車の衝突事故につき、足踏み式自転車の運転者が、四輪車の運転者に対して、民法七〇九条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  平成二年一二月二日午前一一時五〇分ころ、東京都新宿区大久保三丁目八番一号先交差点において、被告運転の事業用普通貨物自動車(京都四六せ二〇一号、以下「被告車」という)と、原告運転の足踏み式自転車(以下「原告自転車」という)とか衝突する交通事故(以下「本件事故」という)が発生した(争いがない)。

2  原告は、本件事故により、左上腕骨解放骨折、左膝複合靱帯損傷、左大腿部挫滅創、頭蓋骨骨折等の傷害を負つた(甲二)。

二  本件の争点

1  本件事故の具体的な態様並びにそれに基づく被告及び原告の過失の有無及び程度

2  損害額の算定

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  前記争いのない事実及び証拠(甲三三、乙二、証人中山紀、同町井賢郎、被告本人)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故現場は、明治通り方面から小滝橋通り方面へ通じる道路と、大久保通り方面から高田馬場駅方面へ通じる道路が交差するところの、信号機により交通整理が行われている交差点であり、その状況は別紙現場見取図に記載されたとおりである。

明治通り方面から小滝橋方面へ通じる道路のうち、本件交差点を挟んで明治通り方面寄りの部分は、小滝橋方面に向かう車線が、本件交差点付近において、幅員かそれぞれ三・二五メートルの直進車線と右折車線との二車線となつていて、高さ一・三メートルの植え込みのある中央分離帯によつて明治通り方面に向かう反対車線と区分されている。この反対車線は幅員六メートルの一車線の道路となつている。他方、本件交差点を挟んで小滝橋方面寄りの部分は、片側一車線で全幅員が七メートルの道路となつている。

(二) 明治通り方面から小滝橋方面に向かう道路は、本件交差点に向かつて上り坂となつており、本件交差点付近が頂上部分に当たつている。そして、本件事故当時は、本件交差点を挟んで明治通り方面寄りの直進用車線には違法駐車車両が連なつていて、直進用車線のみを走行して、本件交差点を直進することは不可能であつた。なお、右折用車線を走行して本件交差点に入る場合は、中央分離帯の前記植え込みのために、右方の見通しはききにくい状態にあつた。

(三) 被告は、明治通り方面から小滝橋方面に向かつて被告車を運転し、時速約四〇キロメートルで走行して本件交差点付近に至つた。被告は、本件交差点を直進しようとしていたが、進路前方左側の直進車線は駐車車両が連なつていて走行できないことから、右側の右折車線を走行して本件交差点に近づいていつた。被告車付近を先行する車両は見当たらなかつた。被告は、本件交差点の信号機の表示を確認すべく、アクセルを緩めやや減速して進行していた。被告は、妨げとなる駐車車両の横を通過した地点で直ちに直進用車線に進路変更することなく、そのまま右折用車線を進行した。そして、本件交差点手前の停止線から約一〇メートル付近の地点(別紙見取図〈1〉の地点)に至つて、対面信号が青色を表示していることを確認すると同時に、若干ハンドルを左に切つて直進用車線に進路を変更しようとしたところ、別紙見取図〈2〉の地点で、進路前方約一四・八メートル先に原告自転車に乗つて右から左に横断走行してくる原告の姿を発見し、急ブレーキを踏み、ハンドルを右に切つて衝突を回避しようとしたが間に合わず、約一〇・八メートル進んだ交差点内の地点(別紙見取図〈3〉の地点)で、被告車の左前部を原告自転車の前部に衝突させた。

(四) 他方、原告は、原告自転車を運転して本件交差点に至り、明治通り方面から小滝橋方面へ通じる道路に設置された横断歩道のうちの明治通り方面寄りのそれのやや内側の交差点内のところを、高田馬場駅方面から大久保通り方面に向かつて原告自転車に乗つて横断しようとし、道路中央付近に進んだところで、被告車と衝突して路上に転倒し受傷した。

以上のとおり認めることができ、小滝橋方面寄りの横断歩道上を青信号に従つて横断中に衝突されたとする原告の当初の主張並びに右横断歩道を横断した後進路を左に転換し、歩道との境目に寄せながら明治通り方向に進んだところで、青信号に従つて本件交差点に進入してきた被告車に衝突されたとする原告の変更後の主張は、いずれもこれを裏付ける的確な証拠がなく、採用できない。

2  右によれば、本件交差点を直進するにあたつては、本件交差点が上り坂の頂点付近にあることから、かなり接近しなければ信号機の表示は確認できない状況であつて、しかも、進路左の直進用車線は駐車車両があるため進行できず、進路右の右折用車線を進行して本件交差点に向かわざるを得ず、右折用車線からの右方の見通しはききにくい状況にあつたのであるから、このような場合自動車運転者としては、信号機の表示を確認するとともにその表示に即応できるよう十分に減速するとか、本来の走行車線である直進用車線に戻つて右方の見通しの確保を図るべきであつたというべきところ、被告は、これを怠り、単にアクセルを緩めて減速したにとどまり、結局原告の発見が遅れて本件事故を発生させてしまつたというべく、被告に過失があることは否定できないところである。

他方、原告は、対面の信号機が赤色を表示しているにもかかわらず、これを無視ないし見落として原告自転車を本件交差点に進入させたものというべく、原告にも重大な過失があるといわなければならない。

そして、双方の過失割合は、右事故の態様等に照らして、原告が七割、被告が三割と認めるのが相当である。

二  争点2について

1  治療費〔請求額六一四万四一六〇円〕 六一四万四一六〇円

証拠(甲六、九ないし一一)により認められる。

2  器具購入費〔請求額一五万九四一一円〕 一五万九四一一円

証拠(甲五)及び弁論の全趣旨により認められる。

3  転院のための近親者の付添費用及び交通費並びに原告本人の通院交通費

〔請求額六万五六〇〇円〕 認められない証拠がない。

4  入院雑費〔請求額七〇万七二〇〇円〕 六六万八二〇〇円

証拠(甲六、九)によれば、原告は、本件事故による受傷のため、東京医科大学病院に一五〇日、多摩丘陵病院に三六四日の入院を余儀なくされたことが認められるところ、入院雑費は一日当たり一三〇〇円とみるのが相当であるから、入院雑費は六六万八二〇〇円となる。

5  休業損害〔請求額四九三万三六〇八円〕 二五六万三一八七円

証拠(甲四、七、二七、原告本人)によれば、原告は、本件事故当時は六九歳の女性であつて、新宿郵便局において午前五時から午前一〇時まで非常勤の職員として稼働していたこと、本件事故直前の三ケ月間は、右稼働により平均して一月当たり一一万九二一八円の給与の支給を受けていたこと、本件事故に遭遇したことにより、平成二年一二月二日から平成四年五月二八日までの期間入院を余儀なくされ、その後も症状固定日である平成四年九月一七日までの間に六日通院し、右入通院期間中は就業できなかつたことが認められる。右によれば、原告には、本件事故日から症状固定日までの二一・五月の間、休業損害が発生したということができる。その額は、以下の計算式のとおり、二五六万三一八七円(一円未満切捨)である。

(計算式) 119218×21.5=2563187

なお、原告は、右郵便局における非常勤職員のほかに、和英タイプ印書のアルバイトとして一月当たり八万六三四九円の収入を得ており、これも休業損害の基礎となる収入とすべき旨主張するところ、証拠(甲二四)によれば、原告が右アルバイトとして稼働し一月当たり八万三六六六円の収入を得ていたことは認められるものの、その期間は平成二年二月から同年七月までのわずか六月にすぎないこと、右アルバイトは原告がタイプ、ワープロ入力等の自営業を始めるにあたつての技術習得を目的としてものであり、原告は右稼働期間中にひととおりの仕事は覚えたことが認められるのであつて、右稼働の時期、期間及び目的に照らせば、原告がふたたび右のアルバイトとして稼働することはなかつたと推認されるのであつて、右の収入を休業損害の基礎として加算することは相当ではないというべきである。

6  逸失利益〔請求額九五六万三三五七円〕 四二二万六二一一円

証拠(乙一二)によれば、原告には、〈1〉前額部挫滅創に伴う顔面醜状(九・〇センチメートル×〇・二センチメートル7級12号)、〈2〉左下肢挫創に伴う左下肢醜状(二五センチメートル×六センチメートル14級5号)、〈3〉左下肢外傷による左膝関節機能障害、〈4〉左下肢外傷による左股関節機能障害の各後遺障害が残存すること、症状固定日は平成四年九月一七日であること、自動車保険料率算定会損害調査事務所は、右各後遺障害につき、〈1〉については自賠法施行令二条別表障害別後遺障害認定表七級一二号に、〈2〉については同表一四級五号にそれぞれ該当し、〈3〉及び〈4〉はいずれも同表一二級七号に該当するので併合する方法により一一級相当であるとし、これらを併合し併合六級の適用が相当である旨認定したことが認められる。

右によれば、原告は、左下肢に関して一一級相当の機能障害が残つたというべく、外貌醜状の点については、一般には労働能力の低下をきたさないとはいうものの、原告にあつては、その部位、程度等に照らし著しいといえる状態に至つているというほかなく、原告が今後も郵便局の非常勤職員として稼働し続けること併せて自営のタイプ、ワープロ入力業を開業することを希望しており、いずれも実現可能といえるものであつたこと等の事情も考慮すると、外貌醜状が労働能力に影響するところがないとはいえないというべく、原告は、前記の機能障害と併せて、後遺障害によつてその労働能力の三〇パーセントを喪失したと認めるのが相当である。

原告は、症状固定とされる平成四年九月一七日は七一歳となつており、平成四年簡易生命表の女性の平均余命年数は一五・三三年であるから、その二分の一相当内の七年間は就労が可能と推認できる。

原告は、前記のとおり郵便局の非常勤職員であり、さらに、ワープロ入力、製版等の自営業の開業を目指して、必要な道具等を購入して準備していた最中に本件事故に遭遇したのであつて、本件事故に遭遇しなければ、少なくとも、右非常勤職員としての給与(年額に換算すると一四三万〇六一六円)及びタイプ印書のアルバイトで得ていた収入(年額に換算すると一〇〇万三九九二円)程度の収入は得ることができたと推認できる。

そこで、右合計金額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して、原告の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、以下のとおりであつて、四二二万六二一一円(一円未満切捨)となる。

(計算式)(1430616+1003999)×0.3×5.7863=4226211

8  傷害による慰謝料〔請求額三八七万六〇〇〇円〕 三三〇万円

原告の傷害の部位、程度、入通院期間その他本件の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、受傷により原告の被つた精神的苦痛に対する慰謝料は三三〇万円と認めるのが相当である。

9  後遺障害による慰謝料〔請求額一〇〇〇万円〕 一一〇〇万円

原告の後遺障害の内容、程度その他本件の審理に顕れた一切の事情を考慮すると、後遺障害の残存により被つた精神的苦痛に対する慰謝料は一一〇〇万円と認めるのが相当である。

10  過失相殺

本件事故発生に関しては原告にも重大な過失あり、その過失割合は七割とみるべきことは前記のとおりであつて、右過失割合に応じた過失相殺をするのが相当というべく、そうすると、被告が原告に賠償すべき損害額は八四一万八三五〇円(一円未満切捨)ということになる。

11  損害の填補

証拠(乙三ないし一三)によれば、原告に対して、自賠責保険から、傷害分として九五万五二八〇円、後遺障害分として七二八万四七二〇円の合計八二四万円の支払いがされたことが認められ、これらは原告の損害の填補となるから、これらを控除すると、被告が原告に対して賠償すべき金額は一七万八三五〇円となる。

三  弁護士費用について

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係に立つ弁護士費用相当額は五万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上の次第で、原告の請求は、二二万八三五〇円及びこれに対する不法行為の日である平成二年一二月二日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

(裁判官 齋藤大巳)

現場見取図

〈省略〉

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